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「 コンクリートより人 」

(株)日刊建設通信新聞社
会 長 西山 英勝 氏

 日本の大都市の課題の一つに「ミッシングリンク」があります。阪神高速も首都高も完全に環状線が結びついてないために効率が悪い、と言われています。実は「ミッシングリンク」というのは道路だけの問題ではなく、今、日本全体で「ミッシングリンク」が拡大しているのではないかという気がしています。

 例えば建設産業界でいえば、談合批判、財政悪化を背景に指名競争入札から一般競争入札に大幅に移行している。実は旧建設省、運輸省、農水省の公共3省は、十数年前に「これからの新しい公共調達は共につくるからよいものを安く調達する」と方針転換したんです。戦後の社会資本整備は発注者、受注者、あるいは設計者、コンサルが一体となってつくってきた。それを止めたわけです。公共事業が「よいものを安く調達するという価格競争に移る」方針を公表した結果は、民間にも少なからず影響を与えた。民間で随意契約・特命物件が大木や比率を占めていたのですが、急減しました。価格のみの競争をやらせるようになりました。民間も公共も、共につくるという関係が薄れてきてしまった。ミッシングリンクです。

 この価格競争のみのもう一つの要因は、財政悪化の中で全国の市町村の土木・技術担当の役人さんが大幅に減ったことです。現場を知らないお役人さんが担当するとなれば、一般競争入札にして価格だけで見るのが一番簡単なわけですから。お役人も減りましたけど民間のゼネコン、コンサル、建築設計、設備業者などほぼ全ての分野で技術者さんが減ってきている。それに輪を掛けた状況にあるのが現場の技能者さんです。しかも、団塊世代の方々が前期高齢者入りをしますから、5年も経つと高齢者の下支えも無くなります。これもミッシングリンクです。

 さらに、グローバル化とコンピューター化の問題があります。グローバル化は「見える化」を求めます。その結果、全ての産業で価格競争が主力となります。また、コンピューター化が進むと、高度知的作業の方か肉体労働者の方の職場がありますけど、かつて主流であった事務職といわれる方々の職場がほとんどなくなってくる。コンピューターでほぼ代行できるようになるということです。非正規社員とか正規社員の問題など、既にその面で出てきています。

 さて、「アベノミクス」です。いろいろありますが、一番注目すべきは安倍さんが経営者団体へ賃上げ要求をやったことです。そして、太田国交大臣がゼネコン団体トップに、「社会保険の未加入問題を解決するためにその部分を含めて設計労務単価を15パーセント上げた。これの完全な浸透」を要請したことです。時の総理大臣が「賃上げをしてくれ」、時の国交大臣が「下請けに賃金が確実に社会保険料を含めて渡るようにしてくれ」と言う。こんなこと前代未聞のことです。

 この要請を受けた業界も少なくとも従来からそういう気があったんでしょうけど、技能者、下請けの方々を確保するために異例の対応を取り出しました。会員会社に対して「設計労務単価を正しく反映させるよう」に要請したばかりか、「民間工事に対しても安値受注をやめるよう」にという決議をした。これも異例なことです。下手すると独禁法違反ですね。そこまで踏み込んだ。

 時代がそういうふうに変わってきている。建設業の多くは、「利益を上げると、それだけ利益が上がってんだから安く工事してくれと民間の発注者から言われる」といった悩みを吐露することもあった。しかし、「人の確保が最大命題の時代、決算がよくなければ人を確保できない」と、普通の企業経営に転換しつつある。

 今後の問題は、15パーセント上がった設計労務単価が、秋口の実態調査にどのような形で反映されるかです。「国が上げたのに、下請に払っていない」となったら大変ですし、来年度以降の積算にも悪影響が出ます。自分で自分の首を絞める結果になりますから、真剣に取り組んでいくと思います。

 少し話を変えます。皆さんに「けんせつタマゴ(別図)」をお配りしています。これを最初に作成したのは、2002年2月です。なぜこれを当社が作成したかと言いますと、既に公共事業の縮減が始まっていました。また、世帯数を上回る住宅が供給されていました。そういう中では21世紀の建設就業マーケットは、どう変わるのかを改めて図式化してみたのです。

 建設マーケットの主力である建設投資は、民間政府建築、民間土木、政府土木、政府土木の場合だけ維持補修が入っています。これに、民間建築の維持補修、民間土木の維持補修、政府建築の維持補修を加えて建設市場と言っております。このマーケットは、資機材を使うマーケットです。建設就業者の働く場というのは、そのまわり白身の部分もあるのです。最初に作成した時には「四角に囲んだ部分」だったんですが、その後大きく増えてきております。

 一番下に「町医者」とあります。今度の震災で国交省が大胆に踏み出した政策の一つに、地域建設業者の維持育成があります。公共事業の縮減、価格競争の激化を背景に、地域有力企業の倒産、廃業が続出した。復旧復興の担い手の1番手、「町医者的な存在」の地方建設業者を維持していく必要がある。そのために例えば草刈りとか除雪だとかを、協同組合あるいは地域の協会に一括して発注して、一定程度の仕事量を確保するという方策を打ち出したのです。

 「地域建設業者だけが町医者ではない」と言う声もあります。コンサルタントさんもその一人ですが、地域の建設業者とは違うんではないかと考えています。もうちょっと幅広い、拠点病院っていうのは少し大げさかも知れませんけどそういう役割ではないか。言ってみれば町医者がホームドクターならば建設コンサルとか補償コンサルさんはコミュニティードクターとしての役割を果たしていく使命があるのではないか。これからは、更新、改修が社会インフラの主流になっていきます。従来の新設市場は、発注者と施工者、設計者、コンサルさんだけで完結する場合が大半です。しかし、更新とか改修となると、現に住んでいる方、利用する方との関係がより重要になってきます。利用している方あるいはその近隣の方が、発注者になるというか監視役になります。そういうところとのコミュニケーションをどう取れるかということでございます。行政・発注者側の技術者はどんどん減り、現場力が落ちています。それを繋ぐのは、建設コンサルさんですし、補償コンサルさんではないかと考えています。ですから単なる町医者ではなく、コミュニケーション能力を備えたコミュニティードクターという役割が大変高くなってくるのではないかと思います。ただそのときに一番の問題はこの種の仕事に対してのペイが必ずしも確立していない。もともとそういうコンサルとかソフトについての見方が確立でないというのが一つと、それから従来は新設中心だったために更新だとか改修の積算体系も必ずしも十分ではない。この点については、集中的に研究・検討を重ねていくことが大事だろうと思います。

 最後に「思い込みからのブレイクスルー」についてです。一つは、皆さんの仕事の範囲を皆さん自身が決める必要はなくて、関連するマーケットが大変広まっているということです。そのときに大事なのは「金は使えば無くなるけど、知恵は使えば使うほど貯まる」ということです。皆さんは知恵の商売をされておられる。ですからこの知恵を、もっと広く、隙間も含めて活用する。それが仕事の量、あるいは質というものを高めていくのではないかと思っております。