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「AIに仕事が奪われる!?」


株式会社 ユニオンリサ-チ
 代表取締役 小笠 博幸

 私が補償業務に携わるようになってから、かれこれ33年になります。報告書の何もかも、手書きが当たり前だった入社当時に比べると、実務作業のスタイルは大きく様変わりしました。図面はCADへ、計算書・内訳書は表計算ソフトへ移行していき、さらに今では、図面CADと積算ソフトが連動して一括処理できるソフトが浸透しつつあります。補償業界もIT化の例に漏れず、業務におけるパソコンの役割は多数の人の手を凌駕するほどになりました。日々の仕事のスイッチは、パソコンのスイッチを入れるところから始まるといっても過言ではありません。
 ご承知のとおり、近畿支部においては、成果品の品質向上と迅速な納品、業務効率の向上を目指して各種様式の統一化を図るプロジェクトを実施し、図面CADから積算一括処理まで行える「近畿支部標準補償算定システム」を開発しました。このシステムは、平成24年度から運用が開始され、年々改良が行われているところです。
 IT化によって、煩雑な手作業が軽減され、仕事の質が向上し、人手不足を補ってきたことは疑いの余地はなく、今後は、ITからAI(人工知能)へさらに技術革新が進むことが予想されます。では、インタ-ネットの発達や携帯電話の普及がビジネスの在り方や産業構造に大きな変化をもたらしたように、AIが補償業務の在り方まで変化させるのでしょうか。その先に、巷で噂されているような「AIに仕事が奪われる」未来がくるのでしょうか?補償業務の中で大きなウエイトを占める補償積算についてAIがどのように対応できるのか、私なりの意見主張を述べ、AIによる補償業界の未来を占いたいと思います。

 AIは、機能や用途によって「特化型人工知能」と「汎用型人工知能」の2つに分類されます。
・特化型人工知能
特定の作業・領域に特化して知識を蓄積し、学習した情報から仮説を立てて実行することができるものを指します。例えば、自動運転技術や画像診断、将棋・チェスなど、既に人間以上の能力を持ち実用化されているものが数多くあります。その典型例として、プロ棋士との対局で勝利を収めて話題を呼んだ囲碁AI「AlphaGo(アルファ碁)」があります。また、特化型人工知能は、特定の作業を遂行するための専門的な機能を人間が与えるため、他分野への応用が利かないという特徴があります。
・汎用型人工知能
異なる領域の多様で複雑な問題を解決する人工知能のことで、人工知能自身による自己理解、自律的自己制御ができ、人間が設計した時の想定を超える働きを期待することができます。また、汎用型人工知能は、知識を応用して自己学習する能力を備えており、作業・領域を限定せずに分野を横断した知識の活用ができるとされています。

 まず特化型人工知能ですが、これは図面作成や補償積算の個々のパ-ツにおいては、人が与えた知識をもとに効率的に作業をこなすことができるため、威力を発揮するかも知れません。しかし、そこには人が調査した内容をAIが理解できる言語(入力)が必ず必要になります。調査まで出来るロボットが開発されれば別ですが、やはり人が調査しその成果をAIが読み解ける形に変換する整理が必要であり、あくまでも我々が上手く活用していく一つのツ-ルとして有効であると考えます。
 次に汎用型人工知能はどうでしょう。AIが対応パタ-ンを学習し、ある程度のパタ-ンから推察して最も近い選択肢を一瞬にして導く。そしてそのパタ-ンとル-ルさえもAIが自ら学んで知識デ-タとして積み重ねていく。この意味では、膨大な既存デ-タ-から差異を比較検討する、比準価格を求める際には非常に有効かも知れません。しかし、補償積算に関しては、人が行った調査結果をAIが判断して、その処理能力を十分に発揮したとしても、積算基準に則った積算価格を導き出すことは、現実的に困難であろうと考えます。
 なぜなら、建物に使われている各部材の仕様等の情報をセンサ-でスキャンすれば一瞬のうちに判断する、あるいは、レーザ-照射するだけで下地やその中身まで判断し定量化する、そんな各部材の製造過程を含めた複合的なデ-タの分析や複雑なデ-タの取り扱いは、まずその整理として人間が蓄積した経験と知識が必要となるからです。
 やはり、現在においてAIの可能性は非常に大きなものですが、積算基準をAIが認識できる形に変えていかなければ、AIの能力の活用が大きく限定されてしまいます。したがって、その意味では近い将来において、AIに仕事が奪われる心配はないものと考えます。
 我々がAIの有効性を理解し、その機能が最大限活用できる仕組みを構築することにより、AIに左右されるのではなく、あくまでも一つのツ-ルとして上手く活用する術を獲得すれば、今後も飛躍的に発展し続けるAIと共存することができると考えます。

 コラムの最後に、「仕事を奪う」といわれているAIは、その反面「仕事の時間を生みだす」可能性を秘めていることも指摘しておきます。AIにより生みだされた時間を単に利潤の追求だけではなく、新たな発想の機会やノウハウの蓄積、精度向上に使えばより良い結果が生まれると確信しています。
 また、ITの飛躍的発展を推進したインタ-ネットの爆発的な普及は、オ-プンイノベ-ションによるところが大きいと言われていますが、補償業界もこのシステムを大いに見習う必要があると考えます。オープンイノベ-ションの世界では、一度ノウハウが体系化されれば、そのノウハウは失われにくく、常に過去のノウハウを下敷きに、よりよいプログラムが上書きされる。これは、誰かが書いたプログラムを会社や国の枠組みを超えて誰でもが使えるようにするライセンスや権利の考え方です。
 補償業界においてもイノベ-ションを起こすことの重要性を感じています。これはオープンイノベ-ションであり、会社間や協会支部間の枠組みを超えて情報を共有し、ノウハウを上書きしていく中で、補償業界が全体としてレベルアップし、広く社会に認知されるそんな時代がくることを切に願います。